1月は身辺ばたばたしていて、ブログがお留守になっておりました
いろいろと一段落なので、またドイツ語の記事を読んでみましょう。

羊の話がいいけど.......ないなぁ....... ウマさんの写真がありました! 
この記事を読んでみましょう。
昨年12月12日のツァイト紙「職業紹介欄」から.....  以下訳文


ウマが首をかしげて、餌を美味しく食べていないように見えたら… その原因はしばしば歯の不具合にある。「ウマの歯は、蹄と同じようにすり減ります。摩耗が均一でないと、ウマにとっては大問題となってしまいます」と、獣医のマレー氏は語る。
マレー氏はウマの歯の治療士でもあり、『ウマの歯の機能改善国際協会(IGFP)』会長である。

dentalpraktiker500.jpg

草食動物であるウマの歯は、仕組みが人間と異なる。表面の広い歯で牧草をすりつぶすので、少しずつ摩耗する。しかしあごの中には「これから生える歯」がリザーブされているのだ。

「すり減るかわりに、下から新しい歯が伸びてきて補うのです。リザーブされているのは6cm~8cmほどで、30年間にわたり少しずつ下から生えてきます。
しかし摩耗が均一でなかったり、ななめに生えてきて角が尖ったり、でこぼこした状態になってしまうことがあります。そこで歯の治療士の出番となります」。

治療にあたっては、まず病歴や治療歴、からだ全体の健康状態が調べられる。整形外科医が患者の歩き方から問題を見つけるように、ウマの歯の治療士は咀嚼の様子を観察する。
「もし左右片方の歯が不具合だと、首をかしげたり、からだに傾きが出たりします」とマレー氏は言う。

次に口の中を診察。歯列は正常か、高さや尖り具合はどうか、口の中に傷はないか、食べる量はどうか….

治療には電動式研磨機や、手持ちやすりなどを使う。「ウマの不安感を軽くするために、軽い麻酔をかけます。これには獣医資格が必要です」とマレー氏は説明する。

ウマの歯の治療には、基礎知識の勉強と手作業の実習、数週間の専門教育を自費で受ける必要があるが、獣医資格はいらない。忍耐強さとウマ好きであること、そして体力と手先の器用さが求められる。
蹄鉄工と同じように職人芸なのだ。

マレー氏はこの仕事に誇りを持っている。「治療後にウマが生き生きする様子を見るのが嬉しいことです」。

翻訳おわり
正月早々わたしは歯医者さんのお世話になりました。ウマみたいに歯があとから生えてくればねぇ….
じつにうらやましい話であります(^^)

もと記事(ドイツ語)は こちら




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2012.07.25 伝説の馬
ロンドンオリンピックを控えて、「過去の名選手....」報道の中に、素敵なお話を見つけたので訳してみますね♪
主役は、障害飛越競技の馬さん。
フォーカスオンラインの記事から....以下訳文

~1956年オリンピック・ストックホルム大会での実話~
ハンス・ギュンター・ヴィンクラーと雌馬ハルラ
winkler klein
1956年ストックホルム大会馬術障害飛越で、個人・団体ともに金メダルに輝いたハンス・ギュンター・ヴィンクラーと馬のハルラの走行は、伝説と呼ぶにふさわしい。

ドイツ・バルメン出身のヴィンクラーは、第1回走行で障害を越える際、鼠径部の筋肉に裂傷を負った。痛みはひどく、2回目の走行の前に強い鎮痛剤を打ち、周囲に押し上げてもらってやっと馬の背に上がった。しかし獣医が処方した鎮痛剤は強すぎた。

in stockholm
ヴィンクラー本人の話によると、もうろうとして鞍の上で眠り込む寸前で、障害物もよく見えないような状態だった。それでも彼は、棄権して病院へ行くことなく、ジョッキ1杯のコーヒーを飲み干してコースへ出て行った。
「あの時はドイツの金メダルがかかった試合でしたから、不可能だなんて言わずに出走するしかなかったのです」と彼は後に語っている。
winkler2klein.jpg

それまで『じゃじゃ馬ヤギ』と言われることもあったハルラは、背中のヴィンクラーの異変を感じ取った。そして手綱操作の出来ないヴィンクラーにかわって、自分の意志で全障害物を見事に飛び越え、金メダルに輝いた。人と馬の両方で作り出した伝説である。


この時のことは、別のサイトに少し詳しく載っていますので、部分訳です。

第1走行の最終ひとつ前の障害で、ヴィンクラーは右足であぶみからずり落ちた。体勢を立て直そうとした時、鋭い痛みに声をあげる…鼠径部裂傷だった。この時はハルラが自発的に最終障害を飛び越え、ゴールすることが出来た。
はたしてヴィンクラーの第2走行は可能なのだろうか?
 
鎮痛の目的でモルヒネが打たれた。
第2走行でヴィンクラーは、とても手綱の操作が出来る状態ではなかった。しかし主人の異変を感じたハルラは、手綱の指示がなくても完璧なジャンプを続け、主人をゴールへと運んだ。
これは馬の知能と主人への忠誠心のたまものであり、完璧に息の合ったこのコンビだからこそ、成し得たことである。

この時の映像があります。1分25秒


騎手には高度な手綱技術が必要なはずですよね。もうろうとしている人を乗せて完璧に飛んだハルラは、本当に素晴らしい!
ハルラはこのオリンピックのあとも1960年ローマで、ヴィンクラーを乗せて団体金メダル獲得に貢献。1979年、34歳で亡くなったとのこと。
もと記事(ドイツ語)は こちら
参考にしたサイトは こちら と こちら