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2017.03.30 環境の仕事
今日は ドイツではお馴染みの職業のご紹介です。この仕事、日本ではまず見かけません。あのディズニー映画「メリーポピンズ」にも出てきました…
煙突掃除人 !
ドイツでは伝統的な職業のひとつで、地方ごとに「煙突掃除協会」もあるし、かっこいい制服もあるし、職業訓練校には煙突掃除訓練生がいるのです。もちろん男女共学!

今日はドイツの放送局のサイトから、職業紹介の記事を訳してみました。以下訳文


煙突掃除人… 高い所で環境保護をになう
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煙突掃除人といえば、暖炉や煙突を掃除する人… というのは昔の話。
今では安全・環境・エネルギー分野のエキスパートとして、設備の維持管理や排気ガスの測定などを行う職業である。

「おはようございます」  煙突掃除人ユリアンが、顧客の家を訪問する。3階の天窓に梯子をかけて屋根へ上がり、瓦の上を注意深く歩く。17歳になるユリアンは、まだ職業訓練2年目の見習いだ。「マイスター試験」に合格した同僚と一緒ならば、仕事を請け負うことが出来る。安全ベルトなどはつけずに屋根の上を歩く仕事なので、注意深さと平衡感が必須だ。煙突掃除が終わると、次は地下室でたまった煤を掻き出して捨てる作業だ。

次の仕事は親方ノエ氏と一緒に、新しい暖炉の点検作業。ドイツでは新しく暖炉を設置すると、使う前に煙突掃除人が点検する法令があるのだ。ユリアンは定規を手に、暖炉とその周りの可燃物との距離を測る。環境汚染物質がないことを確認。次は暖炉から煙突内部を専用カメラで撮影し、電線や損傷がないか確認。すべてOK。親方ノエ氏が、「暖炉使用可(まきを燃やしてもよい)」証明書を顧客に手渡して仕事は完了だ。

煙突掃除人の仕事の要は、環境保護にある。彼らは現行の法律や政令を熟知している人なのだ。それぞれの暖炉で、基準を越える物質が排出されていないか測定し、環境破壊を防ぐ。訓練生たちは、そうした知識を職業訓練校でたたきこまれる。
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訓練生3年目になる18歳のパトリックを現場で指導するのは、女性煙突掃除マイスター(親方)のベティーナ。一軒家の地下暖房室で、一酸化炭素や二酸化炭素の値、排ガス温度などを測ったり、農家の燻製室を清掃点検する。ここフランケン地方では、燻製室のある家が多く、年に一度の点検は必須なのだ。屋根裏にある燻製室は幅1.5m 高さ2mほどで、30分ほどの作業が終わる頃には作業服が燻製臭になり、顔には煤がつくが、パトリックは気にしない。これが仕事なのだ。
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パトリックは言う。「汚れるし、夏の屋根の上はものすごく暑いし…この仕事は体力に自信がないとだめなんだ」。

翻訳おわり
ベンツやBMWの国で煙突掃除…というと驚かれるかも知れませんが、これは決して古くさい仕事ではないんですね。
環境の仕事だからこそ、女性も加わるようになっているのでしょう。
画像はヘッセン職業訓練学校HPならびにWikiからお借りしました。
翻訳原文は こちら
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2017.03.18 小さい春
うちのベランダの植物にも 小さい春 がやってきました。
都会のマンションの、猫のひたい程の物干し場ですが...

満開の ローズマリー
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そしてシクラメンの、 『お局さま』  
1週間前から室内へ入れました。わが家での開花 11周年。
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昨秋の肥料が少なめだったせいか、例年より小ぶりですが、それでも直径50cm。


それから、たった1個だけ実った キンカン
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アゲハのサナギは2つ。段ボールに入れて越冬させましたが
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先日確認したら、ひとつはダメになっていました。
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色が変わって完全に死んでしまっています。
寄生虫かどうか、原因はわかりません。

よって、無事に越冬した蛹はひとつだけ。
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そしてですね、昨年末にジャガイモを大量に頂きました。
残念なことに、もらった時すでに芽が出ていた!…ので
おすそ分けすることも出来ず、食べ切れなかったものを仕方なく、空いていた鉢に埋めてみました。
捨てるわけにもいきませんからね。

そうしたら、まぁ葉っぱが茂って
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こんな感じのが2鉢あります。
私ったら、ジャガイモを栽培してしまいました!
これはどうなるんでしょうか?
花が咲いたら収穫できる?


前回に続いて、チェコのチェンバロ奏者ルージチコヴァのインタビュー、後半訳。長い文章ですが、もしお時間があればどうぞお読み下さい。
1945年にナチ収容所から生還して、プラハ音楽院で学ぶようになった所から先を読んでみます。

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ピアノ科の学生になったルージチコヴァはすぐに頭角を現し、チェコフィルとの共演も実現する。しかしバッハの作品を演奏する時には、ピアノという楽器では限界を感じて満足できなかった。おりしも音楽院にチェンバロのクラスが開設されたのを機に専攻を変え、チェンバロ奏者ズザナ・ルージチコヴァが誕生する。彼女の弾くバッハのイタリア協奏曲第2楽章(ゆっくりした音楽)は、チェンバロではあり得ないほど歌に満ちた美しいものだった。

1956年、西ドイツで開催されたチェンバロコンクールで優勝。ファイナルの演奏がきっかけとなり、フランスに留学する奨学金を取得することができた。パリでチェンバロを学ぶという彼女の夢が、大戦という災禍をまたいで、ついに実現したのだ。

ドイツ国内で演奏する時、ルージチコヴァの心中は複雑だった。
あるコンサートで、聴衆の中にアルベルト・シュペーア(ヒトラーが最も寵愛した建築家)がいたと知ったルージチコヴァは、ぞっとするような、おぞましい気分になった。 「ナチスの人々が高い教養をもっていたとか、楽器を美しく奏でる能力があったとか、到底肯定できません。彼らは精神を病んでいて、音楽を以てしても救うことは出来ないのです。ゲーテやシラー、トーマス・マンやバッハを輩出した民族が、あのように野蛮になれること自体、私たちはいまだ理解できていません。戦後もなお、全ヨーロッパがユダヤ人に起こった出来事に目をつむったのです」。

ルージチコヴァを精神的に救ったのは、夫で作曲家のヴィクトル・カラビス(1923-2006)だった。彼は亡くなるまでずっと、「なんでも自分に話してしまいなさい!」と妻に言い続けた。ルージチコヴァの収容所体験のトラウマを解くこと、彼はそれを人生の課題と考えていたのだ。
vk_convert_20170302235601.jpg (カラビス氏、 CDジャケットの写真)

夫の言葉と並んで救いとなったのは、音楽自身がもつ言葉である。彼女の弟子エスファハニによると、『半音階的幻想曲とフーガ』について、かつてルージチコヴァが次のように話したという。
「フーガの前に置かれた幻想曲は『嘆き』なのです。バッハ自身、多くの悩みを抱えた人物でした。フーガに入ってテーマが再登場する時、それはこう言っているのです。『きみは地面の上の小さな虫けらに過ぎないのだよ。しかし、きみの存在を高みへと昇華してくれる秩序がここにある。それは人間的なものを、精神性へと高めてくれる救いなのだ』と」。

チェコスロバキアでは1948年から1989年まで、共産主義体制が続いた。ルージチコヴァの名声が確立して以降も、党員に属していないという理由で、夫婦とも低い身分と見なされていた。 「共産党員以外は第二ランクの市民とされていました。『プラハの春』以降今でも、共産主義とも資本主義とも違う第3の道を、私たちは探し求めているのです」。 (彼女が音楽院で教授に昇格したのは、共産主義体制崩壊後、1990年以降のこと 訳者注)

ルージチコヴァに聞きたいことは尽きない。祖国について、夫であったカラビス氏の音楽について、同世代の作曲家たちについて、インタビューを受ける彼女の前に置かれた写真の数々… リヒテルと並んでいる写真、少女時代に撮られた家族の写真、お爺ちゃんの横で笑っている少女… これらすべての経験は、彼女の音楽に昇華されたのだ。

収容所に着いた時に握りしめていた楽譜、彼女のお守りとなった曲「バッハ:ホ短調サラバンド」。ルージチコヴァの演奏を聴くと、落ち着いたテンポで、悲しすぎず主観的過ぎず進み…..しかし最後にたった一音、バッハが書かなかった音が弾かれる。その一音Gis(ソ♯)によって、サラバンドは希望に満ちたホ長調へ転じて終わっている。(ホ短調の第三音であるソをソ♯にすると、ホ長調の主和音になる 訳者注)


翻訳終わり
いや、なかなか大変な翻訳でした。えらいこっちゃった。肩がこりましたです。
昨年、ズザナ・ルージチコヴァ90歳記念としてバッハ全集が発売されまして、このインタビューは、その紹介を兼ねて行われたものです。
なお、文中に彼女の使用する楽器についての専門的な記述がありましたが、長くなるのでその部分は割愛しました。もしチェンバロの器種云々について書かれた部分にご興味がある方がいらっしゃいましたら、コメント欄でご一報くださいね。
原文(ドイツ語)は こちら